多くの企業がBCP(事業継続計画)を策定していますが、BCPだけでは企業全体のリスクを管理しきれていないことをご存知でしょうか。BCPは重要ですが、それはリスクマネジメント体制全体の中の一つのピースに過ぎません。本記事では、BCPとリスクマネジメントの関係性を整理した上で、企業が実装すべき「総合的なリスク管理体制」の構築方法を、具体的かつ実践的にお伝えします。経営リスクから事業継続まで、包括的なリスク対応ができる体制づくりの第一歩として、ぜひご参考ください。
リスクマネジメントとBCPの関係性
リスクマネジメントとBCPは密接に関連していますが、異なる概念です。正確に理解することが、企業全体のリスク管理体制を構築する際の基盤となります。
リスクマネジメントは、企業が直面するあらゆるリスク(経営リスク、財務リスク、評判リスク、運用リスクなど)を体系的に特定し、評価し、対応する経営活動です。一方、BCP(事業継続計画)は、自然災害やシステム障害などの緊急時に、重要業務を継続または迅速に復旧させるための計画です。
BCPは事業継続マネジメント(BCM)の一部であり、企業全体のリスク管理体制の重要な構成要素です。つまり、リスク管理体制全体の中で、事業継続という特定の領域に対する専門的な対応がBCPと言えます。
なぜBCPだけでは不十分なのか
多くの企業がBCPを策定し、定期的に訓練を実施しています。しかし、BCPのみに依存していては、企業が直面するすべてのリスクに対応することはできません。
BCPが対応するのは、主に突発的な事象(地震、水害、パンデミック、システム障害など)への備えや復旧戦略に焦点が当たります。一方、企業全体のリスク管理には、経営リスク、市場リスク、規制リスク、評判リスクなど、複数の領域が存在します。
企業全体のリスク管理が対象とする領域
- 経営戦略に関わるリスク(市場環境の変動、競合環境の変化)
- 規制・コンプライアンスリスク(法規制の変更、新規制導入への対応)
- サプライチェーンリスク(複数拠点での問題、調達先の変動)
- 人材・組織リスク(人材流出、組織体制の問題)
- 評判・ブランドリスク(顧客信頼の喪失)
- 技術・イノベーションリスク(技術革新による既存ビジネスの変化)
BCPはこれらのリスク領域の一部をカバーする重要な施策ですが、企業全体のリスク対応を完結させるには、複数のリスク領域に対応する統合的な体制構築が必要だという点が重要です。
企業全体のリスク管理体制とは
では、企業全体のリスク管理体制とは、具体的にどのような構造を持つべきでしょうか。
効果的なリスク管理体制の構築には、以下の3つの段階が重要です。
段階1:リスク評価と戦略立案
まず、企業全体のリスクを洗い出し、優先順位をつけるプロセスです。これは経営層が関与する経営的な判断であり、単なる事務作業ではありません。市場環境、競合状況、規制動向、内部の経営課題を踏まえ、企業にとって「何が最大のリスクか」を明確にしておく必要があります。
このレベルで、「自然災害に対する事業継続」は企業にとって何番目のリスク優先度か、どこまでのコスト投下が正当か、という判断がなされます。
段階2:機能別のリスク対応
リスク管理戦略に基づいて、各機能部門(営業、製造、システム、人事など)ごとに具体的な対応策を構築します。法務部は「規制対応リスク」に対応し、人事部は「人材維持戦略」を検討し、経営企画部は「市場変動対応」を計画するといった具合に、全部門が領域別のリスク対応を進めます。
同時に、組織横断的なレベルでは、事業継続マネジメント(BCM)に基づくBCPが整備され、自然災害やシステム障害などの緊急時における事業継続体制が構築されます。これらの機能別対応とBCPが相互に補完されることで、企業全体のレジリエンスが強化されます。
段階3:日常的なリスク監視と改善
構築した体制を日常的に運用し、定期的に検証することです。事業環境は常に変わります。リスク管理体制も、環境変化に応じて柔軟に見直される必要があります。ここでは、リスク指標の監視、新しく顕在化したリスクの把握、体制の有効性評価などが行われます。
これらの段階が統合的に機能することで、企業全体の「包括的なリスク管理体制」が成立します。
BCPを含めたリスク管理体制の構築ステップ
それでは、実際に企業内でリスク管理体制を構築するには、どのステップを踏むべきでしょうか。以下に実装的なプロセスを示します。
ステップ1:企業のリスク環境を把握する
現在、企業が直面しているリスクを体系的に整理します。これは企業全体のリスク管理プロセスの出発点であり、市場リスク、運用リスク、コンプライアンスリスク、戦略リスク、レピュテーションリスクなど、カテゴリ分けした上で、各領域でのリスク要因を洗い出します。
この段階では、全社員を巻き込むワークショップや、部門長へのヒアリングなどを通じて、多角的な視点からリスクを把握することが重要です。「経営層が考えているリスク」と「現場が感じているリスク」にはズレがあることが多く、そのズレを埋めることが実装の成功につながります。
ステップ2:リスクの優先順位を決定する
洗い出したリスクすべてに同じウェイトで対応することは現実的ではありません。「発生可能性」と「影響度」の2軸で、リスクを分類し優先順位をつけます。
一般的には、発生可能性が高く影響度も大きいリスクから対応を始めます。ここでの判断は、経営層を含めた意思決定プロセスが必要です。なぜなら、対応するリスクを絞ることは、対応しないリスク(リスク受容)を明確にすることだからです。
ステップ3:対応戦略を策定する
優先度の高いリスクに対して、どのように対応するかを決定します。主な対応戦略は以下の4パターンです。
| 対応戦略 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 回避 | リスクが生じる可能性のある活動をしない | 高リスク市場への参入を中止する |
| 軽減 | リスクの発生可能性または影響度を減らす | 保険加入、バックアップ体制の構築 |
| 転嫁 | リスクを第三者に移す | 保険、アウトソーシング |
| 受容 | リスクを受容し、対応しない決定 | 許容範囲内のリスク |
BCPは「軽減」のカテゴリに該当します。自然災害などの事業継続リスクについて、事前に復旧体制を整備することで、リスク顕在化時の影響度を低減する対策です。
ステップ4:各部門でのアクションプランを具体化する
経営層で戦略が決まった後、各部門がその戦略を具体的なアクションに落とし込みます。BCPを担当する部門であれば、ここで事業継続計画の詳細を策定し、復旧目標時間(RTO)や復旧目標時点(RPO)を設定します。
同時に、他の部門も並行して自らの領域でのリスク対応を進めます。重要なのは、各部門の活動が経営層の戦略方針と一貫性を持つことです。
ステップ5:体制を運用し、定期的に検証する
構築した体制を日常的に実行し、定期的に検証することで、リスク管理体制は生きたものになります。BCPであれば訓練を実施し、改善点を洗い出します。同時に、企業全体のリスク環境も定期的に見直し、新しく顕在化したリスクがないか、既存リスクの優先度に変化がないかを確認します。
環境が大きく変わった場合(新規事業の開始、M&A、規制の大幅変更など)は、リスク評価そのものをやり直す必要があります。
よくある失敗事例と改善策
リスク管理体制の構築において、多くの企業が同じ課題に直面しています。失敗事例を知ることで、実装の質を高めることができます。
失敗事例1:リスク管理が形骸化している
「リスク管理室を設置したが、実際には何をしているかわからない」というケースは珍しくありません。このような失敗の背景には、リスク管理活動が形骸化し、経営戦略と切り離されていることがあります。
改善策として、リスク管理の成果を具体的なビジネス指標に落とし込むことが重要です。例えば、「事業継続体制により、自然災害時の被害額を50%削減」というように、定量的な目標を掲げることで、組織全体の関与度が高まります。
失敗事例2:リスク評価が部分的で、特定領域のリスクのみに対応している
企業全体のリスクを十分に評価せずに、特定の領域(例えば事業継続やシステムセキュリティのみ)に対応を限定してしまうケースがあります。結果として、市場変動や規制変更といった他の領域のリスク顕在化時に対応が追いつかないことになります。
改善策は、企業全体のリスク評価を経営層で定期的に実施し、対応状況を一覧化することです。「対応済み」「対応中」「未対応」といったステータスを可視化することで、評価漏れや対応漏れを防ぎます。
失敗事例3:部門ごとにバラバラにリスク対応している
各部門が独立してリスク対応を進めた結果、全体としての一貫性が失われ、重複投資や対応漏れが生じるケースです。
改善策として、全社横断的なリスク管理委員会を設置し、定期的に各部門の対応状況を共有することが有効です。これにより、部門間の連携が取れ、リソース配分も最適化されます。
失敗事例4:環境変化に体制が対応していない
市場環境や企業の事業構成が変わったにもかかわらず、リスク管理体制が更新されないケースがあります。例えば、新規事業開始やM&A実施時に、既存の体制がそのまま継続され、新たなリスク領域への対応が後手に回ることがあります。
改善策は、事業環境の大きな変化を契機として、リスク管理体制の見直しを実施することです。新規事業開始時、M&A実施時、大型システム導入時など、具体的なタイミングを決めておくことで、環境変化への対応漏れを防ぐことができます。
まとめ
BCPは事業継続マネジメント(BCM)の一部であり、企業全体のリスク管理体制の重要な構成要素です。しかし、リスク管理体制全体は複数のリスク領域で構成されており、BCPだけではすべてをカバーすることはできません。企業全体の対応力を強化するには、経営リスク、市場リスク、規制リスクなど、複数の領域に対する統合的な対応が必要です。
企業全体のリスク管理体制の構築には、以下の3つの段階が重要です。
1. 経営層を巻き込んで、現在企業が直面しているリスクを体系的に洗い出し、優先順位をつけることです。これは単なる事務作業ではなく、経営判断そのものです。
2. その優先順位に基づいて、BCPを含めた各領域でのリスク対応戦略を具体化し、各部門に落とし込むことです。ここで重要なのは、全社的な一貫性を保つことです。
3. 構築した体制を定期的に検証し、企業の環境変化に応じて柔軟に見直すことです。リスク管理は一度構築したら終わりではなく、継続的な改善活動です。
企業全体のリスク管理体制を整備することで、BCPを含めた複数のリスク領域に対して、より堅牢で実効性のある対応が実現できます。この機会に、ぜひ貴社のリスク管理体制の全体像を改めて検討してみてください。
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