経理業務のBPRを成功させる鍵は、正確な現状分析にあります。しかし、多くの企業では「何を」「どこまで」「どのように」分析すればよいのか明確でないまま、BPRプロジェクトが進んでしまうケースが少なくありません。本記事では、経理BPRにおける現状分析の具体的な手法と、業務可視化からボトルネック特定までの実践的なアプローチを解説します。適切な分析ツールとフレームワークを活用することで、改善の方向性を明確にし、経理プロセスのBPRによる抜本的な改革を実現できます。
経理BPRにおける現状分析の重要性
経理BPRを進める上で、現状分析は最も重要なフェーズです。この段階での分析の質が、その後の改善設計や実行の成否を大きく左右します。
現状分析が不十分なまま経理BPRに着手すると、本質的な課題を見逃してしまい、表面的な対策に終わってしまうリスクがあります。経理業務は複数の部門や取引先と関連し、法令遵守や正確性が求められる特性があるため、全体像を正確に把握することが不可欠です。
適切な現状分析を行うことで、以下のような効果が期待できます。
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経理業務プロセスの全体像が可視化され、関係者間で共通認識を持つことができる
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時間やコストがかかっている工程が明確になり、BPRによる改善の優先順位を客観的に判断できる
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属人化している経理業務や手作業によるリスクが高い箇所を特定し、標準化やシステム化の必要性を定量的に示せる
業務可視化の基本手法
経理BPRにおける業務の現状を正確に把握するためには、体系的な可視化手法が必要です。ここでは実務で活用できる具体的な手法を紹介します。
プロセスマッピングの実施
プロセスマッピングは、経理業務の流れを図式化し、全体像を俯瞰する手法です。業務フロー図を作成することで、複雑に絡み合った経理プロセスが整理され、BPRで改善すべきポイントが明確になります。
プロセスマッピングを行う際は、まず対象業務の範囲を明確に定義します。請求書処理、入金管理、月次決算など、業務単位で区切ることで、分析しやすくなります。次に、業務の開始から終了までの流れを、作業単位で洗い出します。この際、実際の作業を行っている担当者へのヒアリングが重要です。マニュアルに記載されている手順と実際の作業には乖離がある場合も多いため、現場の実態を正確に把握することを心がけましょう。
フロー図には、各作業の担当者、使用するシステムやツール、判断基準、次工程への引き継ぎ方法などを記載します。また、承認フローや例外処理のルートも忘れずに含めることが大切です。
業務の粒度設定
経理BPRの現状分析では、適切な粒度で業務を分解することが重要です。粒度が粗すぎると詳細な問題点が見えず、細かすぎると全体像が把握しにくくなります。
作業単位の設定には様々な考え方がありますが、例えば10分から30分程度で完結する単位に分解すると、詳細な分析がしやすくなります。例えば「請求書処理」という大きな括りではなく、「請求書の受領と内容確認」「仕訳データの入力」「上長への承認申請」「システムへの登録」といった単位に分解します。
ただし、経理業務の特性やBPRの分析目的によって適切な粒度は変わります。月次決算業務全体を俯瞰したい場合は、やや粗い粒度で開始し、ボトルネックが特定された後に詳細分析を行うという段階的なアプローチも効果的です。
業務フロー図の記載方法
業務フロー図を作成する際は、統一されたルールに従うことで、関係者間での理解のズレを防ぐことができます。
フロー図では、開始と終了を明確に示し、各作業ステップを長方形で、判断分岐を菱形で表現するのが一般的です。矢印で作業の流れを示し、必要に応じて担当者や部門をスイムレーンで区分します。システムを使用する作業は色分けするなど、視覚的にわかりやすくする工夫も有効です。
作成したフロー図は、必ず現場の担当者に確認してもらい、実態と相違がないかをチェックします。この確認プロセス自体が、担当者間での認識のすり合わせにもなり、後続の改善活動への理解促進につながります。
定量データの収集と分析手法
経理BPRにおける現状分析では、定性的な業務フローの把握に加えて、定量データに基づく客観的な評価が不可欠です。
測定すべき主要指標
経理業務の実態を数値で把握するために、以下のような指標を測定します。
- 処理時間:各作業にかかる時間を測定することで、工数の大きい経理業務や非効率な工程を特定できます。請求書1件あたりの処理時間、月次決算完了までの日数、承認待ち時間など、業務の特性に応じた時間指標を設定します。
- 処理件数:1日あたりの処理件数、月間の取引数、繁忙期と閑散期の件数変動などを把握することで、経理業務量の実態が明らかになります。
- エラー発生率:入力ミスの発生頻度、修正が必要になった件数、差し戻しの回数などを記録します。エラーが発生しやすい工程を特定することで、BPRにおいて標準化やチェック体制の強化が必要な箇所がわかります。
- 人的リソース:担当者別の作業負荷、残業時間、特定の経理業務に割いている時間の割合などを測定します。これにより、属人化の度合いや人員配置の適切性を評価できます。
データ収集の実践方法
定量データを収集する際は、現場の負担を最小限にしながら、正確なデータを取得することが重要です。
既存のシステムから抽出できるデータは積極的に活用します。会計システムの処理ログ、ワークフローシステムの承認履歴、メール送受信記録などから、客観的なデータを得ることができます。
既存データで取得できない情報については、一定期間の実測調査を行います。2週間から1ヶ月程度、担当者に作業時間や件数を記録してもらう方法などがあります。この際、できるだけ簡易な記録方法を用意し、現場の協力を得やすくすることがポイントです。
また、繁忙期と通常期の両方でデータを取得すると、季節変動の実態も把握できます。月次決算時期、四半期決算時期、期末決算時期など、経理業務の特性に応じた測定タイミングを設定しましょう。
分析フレームワークの活用
収集したデータを効果的に分析するために、体系的なフレームワークを活用します。
代表的な手法として、バリューストリームマッピング(Value Stream Mapping、以下VSM)があります。これは経理業務プロセス全体の価値の流れを可視化する手法で、各工程の処理時間と待ち時間を区別して記録することで、付加価値を生まない待ち時間や手戻りが明確になります。経理業務では、承認待ちや確認待ちの時間が全体のリードタイムを長くしている場合が多く、VSMによってこうした非付加価値時間を特定できます。
また、パレート分析も経理BPRで有効です。少数の業務が処理時間の大部分を占めていないか、エラーの大半を占めている原因は何かなど、優先的に改善すべき対象を明確にできます。
収集したデータは表やグラフで可視化し、関係者に共有します。数値だけを羅列するのではなく、グラフを用いることで直感的に理解しやすくなり、BPRによる改善の必要性について合意形成を得やすくなります。
ボトルネック特定の具体的手順
現状分析で収集した情報をもとに、経理業務のボトルネックを特定していきます。ボトルネックとは、業務プロセス全体の流れを阻害し、効率を低下させている制約要因のことです。経理BPRでは、このボトルネックを正確に見極めることが成功の鍵となります。
ボトルネックの種類と特徴
経理業務におけるボトルネックは、いくつかの典型的なパターンに分類できます。
- 処理能力のボトルネック:特定の工程で処理能力が不足している状態です。例えば、大量の請求書を1人の担当者が処理しているため、その工程で経理業務が滞留してしまうケースです。
- 承認・確認待ちのボトルネック:上長の承認待ちや他部門からの回答待ちで経理業務が停滞している状態です。VSMで待ち時間を可視化することで、このボトルネックを特定できます。
- 情報連携のボトルネック:部門間やシステム間での情報共有が円滑でないために発生します。紙の書類を物理的に移動させる必要がある、複数のシステムに同じデータを重複入力している、といった状況が該当します。
- 品質管理のボトルネック:エラーや修正が頻発し、チェックや手戻りに時間を取られている状態です。エラー発生率のデータから、この種のボトルネックを見つけることができます。
ボトルネック特定のための分析視点
ボトルネックを正確に特定するためには、複数の視点から分析を行います。
時間軸での分析では、業務フロー全体を通して、どの工程で最も時間がかかっているか、待ち時間が長い箇所はどこかを確認します。全体のリードタイムを短縮するには、最も時間のかかる工程を改善することが効果的です。
頻度での分析も重要です。エラーや差し戻しが多発している工程、問い合わせが集中している業務などは、ボトルネックになっている可能性が高いといえます。
人的リソースの視点からは、特定の担当者に業務が集中していないか、属人化によって他の人では対応できない状態になっていないかを確認します。担当者の欠勤時に業務が止まってしまう箇所は、重要なボトルネックです。
システムやツールの視点では、複数のシステム間でのデータ移行、手作業での転記、紙と電子データの混在などが業務効率を低下させていないか分析します。
これらの視点を組み合わせることで、表面的な問題だけでなく、根本的な原因を特定できます。
優先順位付けの基準
特定されたボトルネックすべてを同時に解決することは現実的ではありません。経理BPRでは、改善の効果と実現可能性を考慮して、優先順位を付ける必要があります。
優先度を判断する際の基準として、以下の3つの視点から評価します。
- 改善効果の大きさ:処理時間の削減幅、エラー削減の見込み、コスト削減額など、定量的に効果を見積もります。全体のリードタイムに与える影響が大きいボトルネックは、BPRにおける優先度が高くなります。
- 実現難易度:必要な投資額、システム改修の有無、関連する部門の数、業務変更の規模など、様々な要素を考慮します。効果は大きくても実現に長期間を要する場合は、段階的なアプローチを検討します。
- リスクの大きさ:エラーが発生した際の影響度、法令違反のリスク、財務報告の正確性への影響などを評価し、リスクの高いボトルネックは優先的に対応します。
これらの基準を用いて、改善対象の優先順位を明確にします。即効性のある改善、中期的な改善、長期的な改善というように時間軸で整理すると、経理BPRの実行計画が立てやすくなります。
分析結果の整理とレポーティング
経理BPRの現状分析で得られた情報は、適切に整理し、関係者に共有することが重要です。分析結果を効果的に伝えることで、BPRによる改善の必要性について合意を得やすくなります。
分析結果のまとめ方
分析結果は、経営層、経理部門の管理者、現場の担当者など、報告先に応じて適切な粒度と表現で整理します。
経営層向けには、全体像と重要なポイントを簡潔にまとめます。現状の課題が業務効率やコストにどの程度の影響を与えているか、改善によってどのような効果が期待できるかを、数値で示すことが効果的です。
現場の管理者や担当者向けには、より詳細な分析結果を共有します。業務フロー図、処理時間の内訳、ボトルネックの具体的な箇所など、改善活動に直接活用できる情報を提供します。
分析結果のレポートには、以下の要素を含めると効果的です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現状の全体像 | 業務フロー図、関連する部門・システム |
| 定量データ | 処理時間、件数、エラー率などの実測値 |
| 特定された課題 | ボトルネックの箇所と原因 |
| 影響度の評価 | 各課題が全体に与える影響の大きさ |
| 改善の方向性 | 優先順位を付けた改善案の概要 |
関係者への共有方法
分析結果は、報告書として提出するだけでなく、関係者を集めたワークショップなどで直接説明する機会を設けることが望ましいです。
ワークショップでは、作成した業務フロー図や分析データを提示しながら、現場の担当者から追加の意見や気づきを収集します。分析者が見落としていた問題点や、現場ならではの改善アイデアが出てくることもあります。
また、分析結果を共有することで、現状の課題について関係者間で共通認識を持つことができます。これは、次の改善設計フェーズで新しいプロセスを検討する際の土台となります。
経理BPRを成功させるには、現状分析の段階から関係者を巻き込み、データに基づいた客観的な議論を行うことが重要です。「なんとなく非効率」ではなく、「どこがどの程度非効率で、どのような影響があるか」を明確にすることで、BPRによる改善の方向性について建設的な議論が可能になります。
まとめ
経理BPRにおける現状分析は、改善活動の成否を左右する重要なフェーズです。本記事で紹介したように、プロセスマッピングによる業務可視化、定量データの収集と分析、そしてボトルネックの特定という体系的なアプローチを実践することで、経理業務の実態を正確に把握できます。
適切な分析を行うことで、改善すべき箇所が明確になり、限られたリソースを効果的に投入できます。また、データに基づいた客観的な分析結果は、関係者間での合意形成を円滑にし、経理BPRプロジェクト全体の推進力となります。
ここで得られた知見は、次の改善設計フェーズへとつながります。経理BPRの成功に向けた基本的な考え方やステップ全体については、経理業務のBPR成功のポイント:プロセス見直しの基本ステップもあわせてご参照ください。



