ストレスチェック義務化と企業の対応策

ストレスチェック義務化と企業の対応策

2025.05.23
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従業員50人以上の企業に対するストレスチェックの実施が義務化されてから数年が経過しました。このストレスチェック制度は、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防ぐための重要な取り組みとして位置づけられています。一方で、ストレスチェックが義務化された本来の目的や効果的な活用方法について、十分に活かしきれていない企業もあると考えられます。

本記事では、ストレスチェックの義務化に関する基本的な知識から、企業が取るべき具体的な対応策、さらには制度を最大限に活用するためのポイントまでを詳しく解説します。

ストレスチェック義務化の背景と法的根拠

ストレスチェック制度は、2014年の労働安全衛生法の改正により制定され、2015年12月1日から施行されました。この制度の目的は、労働者自身がストレス状態を把握して自身のストレスへの気づきを促すとともに、職場環境の改善につなげ、メンタルヘルス不調を未然に防止することにあります。

この制度の実施義務は、労働安全衛生法に基づき、常時使用する労働者が50人以上いる事業場を対象としています。一方、50人未満の中小企業については、現状では努力義務となっていますが、2024年に厚生労働省から全事業場への義務化拡大の方針が示されており、今後数年以内に中小企業も含めたすべての事業場に義務化される見通しです。

対象者となる労働者は、期間の定めのない労働契約で雇用されている者や、契約期間が1年以上の労働契約である者、契約更新により1年以上使用が見込まれる者などが含まれます。パートタイム労働者や派遣労働者も、事業場で常時使用される労働者に該当すれば対象者となります。

ストレスチェックの実施を怠ったり、実施結果の報告を行わなかったりした場合、労働安全衛生法第120条の5に基づき、最大50万円の罰則が科される可能性があります。また、労働契約法における安全配慮義務違反と見なされるリスクもあるため、企業はこれらの規定を理解し、適切に対応する必要があります。

ストレスチェックの実施方法と面談指導

ストレスチェックの実施には、まず質問票の配布と回収から始まります。厚生労働省が推奨する「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」が広く使用されていますが、各企業の状況に合わせて「新職業性ストレス簡易調査票(80項目版)」や簡略版(23項目)、あるいは独自の質問票を用いることも可能です。

回収された質問票は医師、保健師等の専門職によって評価され、その結果が従業員に通知されます。高ストレスと判定された従業員には面談指導の申し出の勧奨が行われ、従業員自身が希望すれば医師による面談指導が実施されます。この面談指導の結果に基づいて、必要な場合は就業上の措置(業務の軽減や配置転換など)が取られることもあります。

なお、ストレスチェック自体は従業員の義務ではなく受検を拒否することも可能です。企業は受検を強制することはできませんが、目的とメリットを適切に説明し、受検を促すことが重要です。また、ストレスチェック実施後は「心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書」を労働基準監督署に提出することが法律で義務付けられています。

企業がストレスチェック義務に対応する際の課題

ストレスチェックの義務化に伴い、多くの企業が以下のような課題に直面しています。

実施体制の整備

ストレスチェックを実施するには、適切な実施者(医師、保健師、一定の研修を受けた看護師・精神保健福祉士等)を確保する必要があります。特に産業医が選任されていない50人未満の事業場では、必須ではありませんが外部機関の活用などが推奨されます。

形骸化のリスク

多くの企業では、ストレスチェックを単なる法的義務として捉え、「やらなければならない作業」として形式的に実施するにとどまっています。この場合、ストレスチェックが持つ本来の可能性が十分に活かされず、従業員のメンタルヘルス向上や職場環境の改善という重要な効果を得ることができません。適切に実施・活用されたストレスチェックは、職場のストレス要因の特定や従業員の心理的健康状態の把握に役立ち、効果的な職場環境改善につながります。

従業員の参加状況

ストレスチェック制度は労働者の受検を強制できない仕組みとなっています。企業は従業員に制度の目的やメリット、個人情報保護の仕組みを丁寧に説明することで、受検率の向上を図ることが重要です。

結果の活用不足

ストレスチェックの結果を集団分析し、職場環境の改善に活かすことが重要ですが、多くの企業ではこの段階までの取り組みが不十分です。分析結果を具体的な施策に落とし込むノウハウが不足しているケースも見られます。なお、集団分析・職場環境改善は現時点では努力義務となっています。

効果的なストレスチェック実施と義務の遂行のための5つのポイント

ストレスチェックを単なる義務的な作業から、真に価値ある取り組みに変えるためのポイントを解説します。これらは法律上の規定を満たすだけでなく、職場の健康管理を効果的に行うための要点です。

1. 経営層のコミットメント

ストレスチェックの実効性を高めるためには、経営層の理解とコミットメントが不可欠です。経営層自らが制度の意義を理解し、積極的に推進する姿勢を示すことで、組織全体の取り組み意識が高まります。中小企業であっても、トップのリーダーシップが職場環境改善の鍵となります。

2. 従業員への丁寧な説明と情報提供

ストレスチェックの目的や個人情報の取り扱い、結果の活用方法などを従業員に丁寧に説明することで、不安や懸念を払拭し、参加率の向上につながります。特に個人情報の管理体制について具体的な方針や対策を示し、結果の閲覧権限を持つ者の限定、回答内容による不利益取り扱いがないことなどを明確に伝えることが重要です。従業員が目的を理解し、安心して参加できる環境を整えることは、拒否を減らし、ストレスチェックを有意義な取り組みにするうえで重要な要素といえるでしょう。

3. 実施時期と方法の工夫

繁忙期を避け、従業員が落ち着いて回答できる時期を選ぶことが大切です。また、紙の質問票だけでなく、オンラインでの回答も可能にするなど、回答のしやすさを工夫することも効果的です。特に50人未満の中小企業では、産業医や保健師などの専門家の確保が難しい場合は、状況に応じて外部機関へ委託するという選択肢も検討材料の一つとなります。

4. 集団分析の徹底と結果の可視化

部署やチームごとの集団分析を行い、ストレス要因を可視化することで、効果的な改善策の立案が可能になります。データの可視化には、グラフやチャートを活用し、誰にでも分かりやすい形で提示することが重要です。また、適切な範囲でストレスチェックの分析結果を組織内で共有し、現状の課題について関係者間で認識を合わせることが、職場環境改善に向けた取り組みを進める上で有効でしょう。法令に基づく報告事項の適切な管理と並行して、組織全体での情報共有の方法を検討することをおすすめします。

5. 医師による面談指導の活用とPDCAサイクルの確立

高ストレスと判定された従業員に対する医師の面談指導を積極的に活用し、個別のケアを充実させることが重要です。また、ストレスチェックの結果に基づく改善策を実行し、その効果を次回のストレスチェックで検証するというPDCAサイクルを確立することで、継続的な職場環境の改善につなげることができます。これにより、単なる義務履行にとどまらず、従業員の健康状態の把握と必要な支援の提供を計画的に進めることができるでしょう。

ストレスチェック実施における業務効率化の考え方

企業がストレスチェックを実施する際には、自社の状況に合わせた実施体制を構築することが重要です。人事・労務担当者の業務負担や、社内の専門人材の有無などを考慮し、必要に応じて実施プロセスの見直しを行うことが考えられます。

実施プロセスの最適化

ストレスチェックの実施には、質問票の準備から結果分析、フォローアップまで多岐にわたる業務が含まれます。これらのプロセスを見直すことは、運用上の課題の発見や改善につながる可能性があります。例えば、紙ベースからオンラインシステムへの移行や、結果集計の仕組みの見直しなどが企業によっては検討されています。

健康管理情報の一元化と可視化

クラウド型の健康管理システムを活用することで、従業員の健康情報を一元管理できることも大きなメリットです。健康診断結果やストレスチェックデータ、勤怠情報などから、組織全体の心身の健康状態を見える化することが可能です。これにより、会社の健康課題を客観的に把握し、効果的な改善策を立案できるようになります。

産業保健活動の質的向上

ストレスチェックの実施だけでなく、結果を活用した職場改善や健康経営の推進まで一貫して取り組むことで、産業保健活動の質を高めることができます。社員の健康管理を戦略的に進めたい会社にとって、業務の効率化は単なる作業の簡素化ではなく、経営課題解決のための有効な手段と言えるでしょう。

まとめ:ストレスチェック義務を企業成長の機会に

本記事では、ストレスチェック制度の法的根拠や実施方法、企業が直面する課題、そして効果的に制度を運用するためのポイントについて解説しました。

ストレスチェックの義務化は、単なる法的要件ではなく、会社が従業員の健康と組織の活力を高めるための貴重な機会です。2015年12月に施行された法律により始まったこの制度は、対象となる事業場に報告義務と実施体制の整備を求めていますが、その本質は従業員のメンタルヘルスケアと職場環境の改善にあります。

50人以上の事業場では既に義務化されていますが、今後は50人未満の中小企業にも拡大される見通しです。従業員が受検を拒否する権利を持つ一方で、会社側には高ストレスと診断された者への面談指導の機会提供など、適切な対応が求められています。制度の始まりとその進化を理解することで、対象者に最適なケアを提供できるようになります。

形式的な実施にとどまらず、診断結果を積極的に活用することで、従業員のメンタルヘルス不調を予防し、組織のストレス要因を特定・改善することが可能になります。これにより職場環境の質的向上と生産性の向上が期待でき、さらには離職率の低下と人材確保にも繋がるでしょう。実施義務を怠ると罰則の対象となるリスクもありますが、それを避けるためだけでなく、会社の健全な発展のためにストレスチェック制度を活用することが重要です。

ストレスチェックを単なる義務的な取り組みから、会社の健全な発展を支える戦略的な施策へと転換することが、今後の企業には求められています。従業員一人ひとりの心身の健康を守りながら、組織全体の活力を高める。そのための重要なツールとして、ストレスチェック制度の規定を正しく理解し、最大限に活用していきましょう。従業員のメンタルヘルスケアは、これからの会社の競争力と持続可能性に直結する重要な経営課題なのです。