日本の畜産業は今、大きな転換期を迎えています。労働力不足や飼料高騰に加え、環境負荷低減や動物福祉への配慮など、サステナビリティ(持続可能性)の実現が急務となっています。特に、アニマルウェルフェアを取り入れた畜産のあり方は、倫理的配慮にとどまらず、生産性向上や差別化につながる経営戦略としても注目されています。欧米ではこのサステナビリティに配慮した取り組みがすでに推進されつつあり、日本においても避けられない潮流です。本記事では、畜産業におけるサステナビリティの実現に向けた最新動向と、アニマルウェルフェアがもたらす新たな可能性について探ります。
アニマルウェルフェアとは?
アニマルウェルフェアとは、「動物の福祉」を意味し、家畜が健康に生きるための必要な配慮を行うことです。具体的には、「5つの自由」が基本概念として国際的に認識されています。
飢えと渇きからの自由
不快からの自由
痛み・傷害・疾病からの自由
恐怖・抑圧からの自由
正常行動を表現する自由
欧米では、このアニマルウェルフェアに配慮した畜産が広く普及しており、消費者もその価値を理解しています。一方、日本でも農林水産省がアニマルウェルフェアの考え方を踏まえた家畜の飼養管理の普及に努めていますが、まだ認知度が低く、欧米に比べて普及が進んでいないのが現状です。
しかし、サステナビリティへの関心の高まりや、SDGs(持続可能な開発目標)が社会に浸透する中、畜産におけるアニマルウェルフェアへの関心も高まりつつあります。動物にストレスを与えない環境で育てることは、単なる道徳的配慮ではなく、持続可能な畜産業を実現するための重要な要素となっています。
日本の農家が直面する課題
日本の畜産業は現在、複数の課題に直面しています。最も深刻なのは労働力不足と後継者問題です。2020年の農林業センサスによると、畜産農家の平均年齢は67歳を超え、若い世代の参入が進んでいません。
また、世界的な穀物価格高騰の影響で飼料コストが上昇し、経営を圧迫しています。2022年以降、とうもろこしなどの飼料用穀物価格は過去最高水準で推移しており、生産コストの増加が避けられない状況です。
さらに、TPPや日EU経済連携協定などによる関税引き下げで海外からの安価な畜産物が流入する中、日本の畜産業が国際競争力を維持するためには、高付加価値化が不可欠となっています。
このような状況下で、持続可能な畜産を実現するためには、生産性向上とコスト削減を両立させながら、環境負荷を低減し、アニマルウェルフェアに配慮した生産方式への転換が求められています。
アニマルウェルフェアがもたらす生産性向上
一見すると、アニマルウェルフェアへの取り組みはコスト増につながるように思えますが、実際には生産性向上をもたらす可能性があります。なぜなら、家畜のストレスを軽減することで、病気の発生率が低下し、成長促進や品質向上につながるからです。
例えば、ある養鶏場では、鶏舎環境の改善によって死亡率が4%から2%に半減し、産卵率も5%向上したという事例があります。これにより、飼料効率が改善され、長期的には収益性の向上につながっています。
また、アニマルウェルフェアに配慮した飼育は、抗生物質の使用量削減にも寄与します。ストレスの少ない環境で育った家畜は免疫力が高く、疾病予防効果があるためです。抗生物質使用の低減は、耐性菌対策という社会的課題への貢献にもなり、持続可能な畜産のあり方として注目されています。
こうした取り組みは、酪農においても同様の効果が報告されています。乳牛のストレス軽減により乳量増加や乳質向上が実現し、サステナブルな酪農経営の成功例となっています。
スマート畜産によるサステナビリティの実現
持続可能な畜産を実現するための有力なアプローチが、IoTやAI技術を活用した「スマート畜産」です。最新のセンサー技術やデータ分析を駆使することで、家畜の健康状態をリアルタイムで把握し、適切な環境管理が可能になります。
例えば、牛舎に設置されたカメラのAIにより牛の姿勢を常時モニタリングし、異常を早期発見するシステムが実用化されています。これにより牛のお腹にガスが溜まってしまう起立困難を防ぐとともに、農家の方が見回りをする手間と時間を削減することができます。
また、豚舎内の温度・湿度・二酸化炭素濃度などを自動制御し、豚の体重などを自動計測するツールも登場しています。最適な環境を維持することで、豚のストレスを軽減し、生産性向上と動物福祉の両立を実現します。飼育環境のデータをリアルタイムで可視化することで、健康管理の効率化と疾病予防にも貢献しています。
こうしたスマート畜産技術は、労働力不足という課題にも対応します。自動給餌機や搾乳ロボットなどの導入により、重労働から解放された生産者は、より家畜の観察や健康管理に時間を割くことができるようになります。
これらの取り組みは、SDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」や目標15「陸の豊かさも守ろう」にも貢献する、サステナブルな畜産のモデルケースとなっています。
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消費者との共創による新たな価値創造
持続可能な畜産の実現には、生産者の努力だけでなく、消費者の理解と支持が不可欠です。アニマルウェルフェアに配慮した畜産物は一般的に生産コストが高くなりますが、その価値を消費者に伝え、適正な価格で取引される仕組みが必要です。
その鍵となるのが「見える化」です。生産プロセスの透明化によって、消費者は自分が購入する畜産物がどのように生産されているかを知ることができます。酪農家や養鶏農家が生産現場を公開することで、消費者からの信頼性が上がり、サステナブルな生産方式への理解が深まったという取り組み事例もあります。
また、消費者への啓蒙も重要な要素です。アニマルウェルフェアや持続可能な畜産の意義を伝えることで、価格だけでなく生産方式や環境負荷、動物福祉などを考慮して商品を選ぶ消費者が増えています。
こうした意識の変化を背景に、アニマルウェルフェアの認証制度や持続可能性に関する認証を取得した畜産物に対する需要が増加傾向にあります。この流れは、サステナビリティに配慮した畜産への転換を加速させる市場メカニズムとして機能し始めています。
まとめ:サステナブルな畜産業の実現に向けて
アニマルウェルフェアと経済的持続可能性は必ずしも相反するものではなく、適切に実践されれば、生産性向上と差別化による付加価値の創出につながり、畜産業の持続的発展を支える基盤となります。
日本型アニマルウェルフェア畜産の発展には、生産者、消費者、研究機関、行政が連携した総合的なアプローチが必要です。技術開発や普及支援、消費者への啓蒙などを通じて、サステナブルな畜産システムを構築し、推進していくことが求められています。
持続可能な畜産は、動物が健康に生き、生産者が誇りを持って働き、消費者が安心して食べられる畜産物を提供する、三方よしの未来へとつながるステップです。生産者と消費者が共に持続可能な畜産の価値を理解し、行動することで、次世代に誇れる日本の畜産業を創造していくことができるでしょう。